しようぐん⚡雷恐怖を克服する

雷恐怖症 のため、雷克服計画書を作成し自分自身を実験台にして実践しています。

異世界お父さん(2)

「お父さん、起きて!」
娘の声だ。
肩をガシガシ揺さぶられてる。
この子が小さかった時には、馬のりになってこんな風に起こされたっけな。
「お父さぁん!」
絶叫する声でハッと目が覚めた。
一番最初に見えたのは、青い空、囲む様に高くそびえ立つ木々。背中から感じる草と少し湿った土。
森?
「グルルルゥ」
動物の唸り声。
オオカミか?
ゆっくり起き上がる。どうやらオオカミに囲まれているようだ。いや、こんなでかいオオカミは見た事が無い。下顎から突き出た大きなキバ。顔には目が4つもある。だが、普通のオオカミの様に人相が良いとは言い難い。
「みどり、お前の足元にある折れ枝をこっちへ投げて寄こせ」
抗う術がこの枝っきれ一本とは、何とも心もとない。だが、相手はどうあっても噛みついて来そうな勢いだ。何もしなければ殺される。
せめて、みどりだけでも逃がせないか。
オオカミに不意を突かれないよう目を配りながらそんな事を考えていると、一頭がこっちへ突進してきた。
チェストォォォ!
示現流に二太刀目は無い。
握った枝きれは大きくしなって、オオカミに似た化物の脳天に振り下ろされた。
バギッという枝が折れる音。
飛びかかってきたオオカミは、衝撃で空中で止まり、そしてダラリとその場に落ちた。
示現流免許皆伝をなめんなよ」
息を整えながら吐き捨てるように呟いた。
だが、唯一の武器は折れてしまった。
他のオオカミ達も引く気は無い様子だ。状況は先程とあまり変わっていない。
残る化物は4体。
どうする?
「何かお困りですか?」
ズボンの後ろポケットがブルッと振動して声が聞こえてきた。
「ああ、お困りですよ」
「何かご希望があれば話しかけて下さい」
「日本刀が欲しいね」
「かしこまりました」
ん?
握っていた折れた枝きれが、何かチラチラと輝き出して、そこから見事な龍の装飾が施された日本刀が現れた。
「こりゃ…」
「右側から一頭きます」
日本刀をスッと左腰まで下ろす。
そして鞘の中を滑らせるようにして、横一文字に振り払う。
「チェイッ!」
飛び出してきたオオカミの胴体と首は、一瞬にして切り離された。
「お見事です」
血を払い、ゆっくりと刀身を鞘に収める。
そして、カッと目を見開いて、この群れのリーダーと思しき立派な鬣の生えたオオカミを睨みつけた。
数秒間、時間が止まった。
鬣のオオカミが、ゆっくりと後ずさりを始めた。相手の目から戦意が消えていくのが分かる。
他のオオカミ達も合わせて後ずさりを始め、四、五歩下がった所で踵を返して森の中へ逃げていった。
「あぁ〜、死ぬかと思ったよ〜」
後ろから、みどりの半泣き声が聞こえてきた。
俺も、フゥと息を吐いた。
振り返って見ると、まだ遊園地で一緒に遊んでくれていた時の様な、とても懐かしい少女が心配そうな目でこちらを見ていた。
「みどり、お前、幼くなったなぁ」
「お父さんだって、30そこそこにしか見えないわ」
言われてみれば、悩まされていた腰の痛みも無いし、太刀を振るったのに肩も痛くない。
「お父さん、さっき誰と喋ってたの?」
「何か、ケツポケットに入ってないか?」
「あ!さっきのスマートフォン!」
みどりが駆け寄ってきて、ポケットから取り出した。
「転送先に誤差がありました。正しい場所へ再転送いたします」
スマートフォンの画面には、先程の女性店員が映っていた。制服では無く白いベールの様な衣装で。
「ちょっと、あんた!
なんて所に私達を飛ばしたのよ!」
「すみません。でも、貴方がたにその世界を救って欲しいのです。すぐにもっと安全な街の近くへ転送しますのでお待ちください」
画面の中の女神はそう言った。
「おっと、ちょっと待ってくれ」
娘からスマートフォンを取り上げた。
「娘はその街へ送ってくれ。だが、俺の方はこの世界で一番悪い奴の所へ送ってくれねぇか?」
「何の装備もなく行くのは危険です」
「そうだよお父さん、街に行けば誰かが助けてくれるかも知れないし。そうしよう?」
小さくなった娘は背伸びして俺の腕を引っ張ってきた。そういえばこの子は、昔から何か俺に訴えたい時には必ず腕を掴んできたな。
「いいや。外国体験も、若返り体験もさせてもらった、もう終いにしたい。俺を一番悪い奴の所へ送れ」
「無茶を言わないで下さい」
「いや、お前の意見を聞いてんじゃねぇ。うん、そうだな。じゃあ地図を表示してくれ」
画面が切り替わって地図が表示された。
すわいぷ、とか言ってたっけ。人差し指で画面をなぞる。
「うん、ここら辺が怪しいな。よし、この場所へ俺だけを送ってくれ。電話は娘に渡しておく、早くしろ」
「死にますよ」
「いいから早くしろ」
「わかりました」
視界がユラユラと揺れだす。
そして周りの全てが、かろうじて目に見える粒子の様に分かれて、次の瞬間、四散した。
 
つづく