しようぐん⚡雷恐怖を克服する

雷恐怖症 のため、雷克服計画書を作成し自分自身を実験台にして実践しています。

異世界お父さん(3)

気がつくと、薄暗い場所に立っていた。直感的に外では無い事はすぐにわかった。立派な石柱が建っているのが微かに見える。
神殿、なのか?
奥の方へ目を凝らすと、青白いボヤッとした光があった。ゆっくり、その方向へ足を進める。霊感など今まで持ち合わせていなかったが、近づくにつれてその光の禍々しさが増してきた。心臓の鼓動が速くなる。
光の中にヒトの姿をした何かがいる。ゆっくりと日本刀を抜いた。もう少し近づくと、ヒトは光の中に居るのではなく、そのヒトの体からまるで湯気の様に発せられているのがわかった。ヒトとの距離は約20歩。そこで一旦歩みを止めた。
「お前がこの世界で一番悪い奴か?」
ヒトの姿をした者は、少年の様な顔立ちであったが、頭に立派な巻いたツノが二本あって、黒いベールを身に纏い、宙にゆらゆらと浮いており、明らかに人間では無いナニかであった。これ程までの殺気を、俺は今まで感じた事も無いし、たぶんこれからも感じる機会は無いだろう。
「∆∑∞∧πβφΚ?(誰だお前は?)」
頭の中に直接声が聞こえてきた。
だが、何を言っているのかわからない。
あの女神の電話機を持って来ていないからか?
「何を言っているのかわからないが、俺達が元の世界へ戻るために、お前を倒さねばならん。申し訳無いが、切られてくれ」
腰を落とし低く構える。
「∅∂‰∆∏√∥∨∠∉∈∫⊅、∥∨∞∬εψ(女神の差し金か、死ぬがよい)」
ヒトの姿をした者が右腕を上げると、ヒトの周りに赤とも紫ともつかない色をした大きな光の玉が幾つも現れた。そしてゆっくり右腕を下げてこちらへ手のひらをかざすと、全ての光の玉が勢いよく飛んできた。
低い態勢から、光の玉へ向かって飛び出す。
鉄砲とは戦った事がある。あれは、銃口から飛び出る迄の初速は最も速いが、空気抵抗で軌道が変わる前に叩かねばならない。近いほど直線的で軌道が読みやすい。この光の玉はどうなのかは知らんが、まずは応用してみるしかない。
真正面の光の玉を半身をずらして避ける。
二の玉も、更に態勢を低くして避けた。だが、三の玉はどうしても避けきれない。
「ヂェィ!」
この日本刀で受けきれるかわからなかった。しかも光の玉がすり抜ける様だったらお終いだ。
「ギィィン!」
よし、捉えた。
少しでも軌道を変えられれば何とかなるかも知れない。
しかし、凄まじい硬さと重さだ。
「デェェェィ!」
受けながら、左側へ半身をずらす。しかし、重すぎてこれ以上受け流しきれない。右半身は諦めるしかない。刀から右手を離し、大きく左側へ跳ねた。光の玉に当たった右肩から先に激痛が走る。右腕は黒い燃えカスの様になって吹き飛んだ。
何とか三の玉も避けれた。血が出ないのも幸い。しかも、大きく跳ねたおかげでヒトとの距離も縮まった。直接上には何も障害物は無い。今しか無い。
「ヂェストォォォ!
日本刀はヒトの頭を完璧に捉えていた。だが、当たる前にヒトが発している周りの光の湯気の様な物に跳ね返られそうになって剣先が逸れた。
そして次の瞬間、背中に硬く重たい物がぶつかってきた。さっきの光の玉が軌道を変えて戻ってきたのだ。全身に激痛が走る。確実に死んだ。
「∂∅∆∆>‰∅∀∝!(人間ごときが!)」
刀は既に振り下ろされていた。
ヒトはそう叫んで、切られた右腕をおさえた。
「痛ぇか?
今回はお相子にしてやる」
薄れていく意識の中で、俺を殺したヒトの目を見てそう言った。
視界がブラックアウトする。
 
「お父さん、お父さん」
右腕を摑まれてグイッと引っ張られた。
右腕?
右腕はさっき吹き飛んだはずだが。
「お父さん、なにボーッとしてるの?
店員さんも困っているわよ」
周りを見渡す。さっきの携帯ショップだ。
俺は白昼夢でも見ていたのか?
「お客様、大丈夫ですか?
ご気分が悪いようでしたら、そちらのソファで休まれますか?」
「あ、大丈夫、大丈夫」
さっきの女性店員さんとは違う人が、心配そうな顔をして向かいに座っていた。
「ん〜、何だか今日は少し疲れているようなんで、申し訳ないんだが、スマートフォンはもう少し考えてからまた来るよ」
ゆっくり席から立ち上がる。
娘は、心配半分、スマートフォンを買わなかった不満が半分の複雑な表情で一緒に立ち上がった。
そして俺達は、心配そうな顔をしている店員さんに見送られながら出口へ向かった。
あれは一体何だったのだろう?
本当に白昼夢でも見ていたのだろうか。
こんな事を娘に言ったら、ますます心配させてしまうな。やめておこう。
すると、出口にいた別の店員さんにパンフレットを差し出された。
「どうぞこちらをお持ち帰りください」
その女性店員の顔を見てハッとした。
「あんた、女神さん?」
「何の事でしょう?」
「いや、あんたに似た人を最近見たんでな。すまんかった」
「いいえ。でも。
貴方が切った右腕こそが彼の弱点でした。だけど、もう貴方のような無茶な方には頼みませんわ」
そう言って、出口にいた女性店員は微笑んだ。
早く帰るわよ、と娘が腕を引っ張る。
「俺もスマートフォンは、暫くやめとくわ」